薄利多売な恋愛感情

昔から不安だったんだと思う。自分は必要とされていないのでは、というかむしろ迷惑なだけの存在なのでは、と。
でも死んだら死んだでそれは迷惑で。
私はどこにいればいいのかと考えていた、かもしれなかった。



佐々木泊(ささき とまり)は病気だ。とても軽いけど、考えてみれば凄く厄介な病気だ。
私はその病を知らなかった。それで当然だ。分かる方がおかしいのだ。マイナーであると同時に、酷く非現実な病。


今からたった一年程前のこと。私は彼に会った。クラスが一緒になったというだけの話だから、言うほどドラマティックな出会いでもない。しかし、開口一番彼は言った。
「…好きだ!!」
「なにィ!?」
テンポの良い、芸人のような会話だった。
ただ、彼の目はわりと真剣でなんとなく驚いてしまった。柄にも無く少し嬉しく思ってしまった。今ならよく分かるのだ。それが彼…佐々木泊の病気。何しろ佐々木は正気に戻ってから言ったのだ。
「……すいませんでした!!」
自分が一日一回愛の告白をしなければ死ぬという病気であることを話し始めて、何度も謝って来た。そして、
「初めまして、佐々木泊です。失礼ですが、そちらは…?」
傷ついた。
無責任に告白するんじゃねーよ。
名前も知らない癖に。
嬉しく思った自分をブッ殺してから、私は笑顔を作った。
「私は絛繰芽(さなだ くるめ)…同い年だしタメ口でいいよ」
「それもそうか…よろしく」
佐々木は無駄に顔が綺麗だ。笑顔もわりと綺麗。こういう人に紛らわしい病気をつけないで欲しいな、と神を恨んだ。おまけに性格もよろしいとは、これまでにどれだけの女を困らせて来たのだろう。
「…………おう」
観察したくなる人間だと思った。


そして、一年経っても飽きなかった。
小石にガチで力作ポエムを叫んでいたり、人妻に天真爛漫な笑顔で浮気のお誘いをしていたり。そのうちコイツ捕まると思う。
そして今日は、
「…お願いです!僕と付き合ってください!!」
…飛び出し君に土下座していた。
「いや、それ男だから。しかも小学生。そのうえ地味に二次元だから」
思わずそうツッコミを入れた私には目もくれず、おもむろに立ち上がった佐々木。何をするのかと思えば、飛び出し君をがくがくと揺すり始めた。
「確かに僕は頼りないけど、きっと幸せにしてみせますから!大丈夫です!!」
全然大丈夫じゃない、この人。
「おい佐々木、起きろ」
辞書を佐々木の頭に降り下ろすと、ドゴッと鈍い音がした。次いで、奴が目をしばたかせる。
「…………っ!?えっと…今日は、誰に?」
誰に告白したのか、と聞きたいらしい。私は黙って飛び出し君を指差した。
「………人ですらない、いや、人でなくはなくもない………?」
考え込む姿まであほらしかった。
「木の板だろ。どう見ても」
「夢の無いこというなぁ。そんなこと言ったらイラストだのに愛を注いでる人はどうなるんだよ」
「…それはまあ」
どうにかなるんじゃねえの。
「しかし、飛び出し君だからな…」
首を捻る佐々木に蹴りを入れて、帰りを促した。何気に現在は帰宅途中。実は佐々木と私は近所だったのだ。
「なんか…いつもありがと、絛。絛のおかげで家に帰るのが早くなってるし」
「…だろうな」
はー、と思わず溜め息が出てしまう。
「ご、ごめん!別に、一緒に帰らなくてもいいんだけど」
「え?あぁ、いいよ別に。面白いから」
毎日毎日、飽きないのだ。つくづく珍しい存在だと思う。私から離れていかない辺りも。…どうせいつかは離れていくんだろう。
「……………良かった」
ニッコリと微笑む佐々木は妙に絵になる感じでうざい。
「…全く」
第一、佐々木ほど顔が良かったら側にいる人なんか腐るほどいるだろうに。何故そういう奴らと帰らないのか。
もう一度溜め息をついてから、歩みを少しだけ緩めた。佐々木に気付かれないくらいに。理由は分からないけど、何故かそうしたかったから。



どうして彼は病気なのか。どうして彼は、告白の時に目に陰りがあるのか。
そして、どうして彼は、私と一緒にいてくれるのか。
疑問が尽きることはなく、興味が尽きることも無かった。
多分、そういうものなんだろう。
何がとは言わないが。