一章の最初らへんまでですが。
この辺りならまだ軌道修正は容易だと思うので載せて行きます。うがあ眠い!
本編いっくよー





ある日、きのこ。

河原空木

序章 ある日、秋晴れ。

部室に入った。部長は今日もまた酷い有様だった。部室の片隅に転がっていて、目の焦点は微妙に合っておらず、また深い隈も刻まれている。目や口や鼻から流れる液体を拭いもせず、ともすれば違法ドラッグでもやっているのではと思わせる男の姿。時折手を振り回したり足の指を動かす様子が不気味に見える。周りには文房具や図鑑が散らばっているが、これは痛みに苦しんで暴れまわった結果だろうか。さらに今回部長がこのようになった原因と思しき食べ物も点在していた。褐色のつるりとした表面から、比較的地味なキノコと想定できる。
「先輩。今日は何ですか」
思わず頭を手で支えながらそう問うと、部長は消え入りそうな声で苦しく呟いた。
「…ドクササコ」
「ドクササコ?いつ食べたんですか?幾つ?」
「昨日、五つほど、食った。美味しかったなー…」
言ってから部長は、周りに散らばるキノコを食べようとする。自分がここまで苦しんでいるというのに、それでも食べようとする気持ちは私には分からない。いくら美味しいとしても、他に美味しくて安全なキノコが沢山有るだろうに。
「やめてください。いちいち救急車呼ぶのは骨が折れるんですよ」
「大丈夫、ドクササコは、食っても死なないんだ。というか、麻薬が効かないから、病院行っても無駄無駄」
手を振り回しながらそう答えられると、理由の曖昧な怒りがふつふつと湧いてくる。こんなのでも先輩なのだから多少のことは我慢する必要があるだなんて、理不尽にも程があると言えよう。
「麻薬って、モルヒネも効かないってことですか」
「その通り。…あー、ちょっと慣れてきたかもしれないな」
何に、とは尋ねるべくもないだろう。美味しいという気持ちの代償にはあまりにも大きすぎるその痛み。ドクササコといえば、他の毒キノコと比べて非常に特異な中毒症状がでることで有名だ。食べてから約一日から七日程で症状が現れる。身体の先端部分、指の先やつま先などが焼けるように痛くなるらしい。その痛みといえば、溶ける寸前まで熱した鉄板を押し付けられているようなのだとか。間違えて食べるならいざ知らず、わざと食べるなんて正気の沙汰ではない。なんでもこの痛み、一ヶ月程も続くらしい。
私はため息をついて、改めて部長を見た。抑えることも出来ず、無遠慮に顔が歪む。
「先輩、その顔は汚いと思います。体液まみれで見ていられません」
「うん?そうか、ティッシュ持ってない?」
鞄からポケットティッシュを取り出して渡すと、部長は震える手でそれを掴み、顔を拭った。ようやく見られる顔になった部長は、靴を脱ぎ靴下も脱ぎ始めた。
「熱いー、熱い、熱い熱い熱い」
服に手をかけた彼に危機感を感じて、
「服を脱ぐのはアウトです」
私は勢いよく釘を刺した。
「えー、でもさあ、このキノコのこと咲奈ちゃんも知ってるでしょう?俺さっきから人に言えないような場所が痛くって熱くってもう」
「知ってますがそのことには触れないようにしてたんですよ!スルーするべきでしょう!」
確かにドクササコのことは少し知っている。私も一応この「菌部」の部員なのだから。
説明が遅れてしまった。ここは菌部の部室だ。菌とかいてきのこと読む。その名の通りキノコに愛を捧げたりキノコを食べたりする部活であって、この男ーー栗花落 佑都(つゆり ゆうと)は例外なのだ。採集で集まったときに毒キノコばかり引きちぎるのはこの男だけ。シイタケの代わりにツキヨタケを掴むなんて馬鹿ここに極まれりといったところである。こんなのが部長なんて酷い部活だと思う。
そして、こんな部活に何故か入部してしまった内の一人が私、碓氷 咲奈(うすい さかな)。何故こんなところに、という思いもあるが、しかし私はキノコが好きなのだ。見た目が可愛いものも、変なものも、食べて美味しいものも色々ある。そしてはっきり分かるくらい、一個一個の形が違う。個性的なのだ。たとえ種が同じでもそれは変わらない、だからこそ毒キノコと見分けるのが大変なのだが、どれも本当に見ているだけで面白いのだ。食べる必要はない。確かに食べれるのなら食べる、食用キノコの美味しさといったら、やはり自分たちで採って料理するのが一番だ。しかし、判別がつかなければ食べたりしない。これからもずっとキノコを食べ続けたいが故に、毒キノコに手を出さない。それが私のポリシーだ。
「ねえ咲奈ちゃん、ドクササコ食わない?」
「食べませんよ馬鹿ですか」
私は二度目のため息をついた。


部活が終わった。咲奈ちゃんはさっさと帰ってしまったので、戸締りだとかを自由でない指で終わらせる。本当に熱い。赤熱した鉄板を押し付けられるような痛みとよく形容されるが、やはりこういうものって体験しないと分からない。
ふと人の気配を感じた。振り返った先には、黒い男。古い椅子の上に座って俯いている。数年程の付き合いなので流石に慣れてもいいとも思うけど、本当にいきなり現れるのでやっぱり慣れない。彼はいつも通り、真っ黒なパーカーのフードを目深に被っていた。服装は殆ど黒で統一されているが靴だけは真っ白な短いブーツなのが変わっていると思う。髪も目も黒く、肌の色も日本人に近いのに、日本人離れしている。というより、顔立ちが綺麗すぎて、人間離れしているように見えるんだ。手入れしたことがないと言っている髪の毛は何故かつややかだし、肌は思わずつつきたくなるくらいのすべすべさで、女だったら可愛いだろうにと思ったことは少なくない。
彼は視線を床のドクササコ達に向けてから、俺に話しかけてきた。
「また食べたのか」
おそらく、ドクササコのことを言ってるんだろう。彼にはこういうことを諌める癖があるのだ。
その彼の名は、アマニタ・フリギネア・ホンゴ。美しい彼に似合った名前、とは言い難いが、本人が気に入っているので気にすることはないだろう。
「ドクササコ…。破滅願望は在るものの死にたくはないのだな」
そう言ってフリギネアは立ち上がり、転がっているドクササコの内の一つを手に掴んだ。しげしげと眺めてから机に置き、もう一つ手にとって机に置く。そのうち図鑑を閉じて本棚にしまい始めたので、俺はフリギネアが部室の片付けをしてくれているのだと知った。「ありがとう、フリギネア」
「別に、礼を言われるようなことではない。見ていられなかっただけだ」
随分な言われようだ。
しかしそれも仕方ないことだろう。俺から見たって、実際この部屋は汚い。咲奈ちゃんが来るまでの間は地獄だったから、つい暴れまわってしまったのが主な原因だけど、元から俺が整理整頓出来ていないというのも事実だ。これからは少し気をつけたほうがいいかもしれない。それにしても、本当に痛い。
熱を少しでも覚まそうと手を振り回していると、いきなり左手にひやりとした感触がした。見ると、いつの間にかフリギネアが隣に来ていて、手を握っていた。
「熱いな…。これに懲りたら、毒キノコを食べるなんて止めたらどうだ。お前は所詮、ヒトなのだから」
「いや、永遠に懲りないから大丈夫」
自然と頬が緩み、まだ食べていない毒キノコへの想いが止まらなくなる。俺の命は毒キノコと共にあると言っても過言ではない。いつか、俺の命が終わるその時に、俺はドクツルタケを食べるんだ。
「お前は死にたいのか」
フリギネアはそう言ってため息をついた。不意に手が離れて、冷たさも同時に去って行く。やり場の無くなった手を下ろして、窓の外を眺める。外は快晴で、秋晴れの空が広がっていた。
「死にたくはないよ。ただ…生きていたい訳でもない」
例えば今、俺が不治の病に侵されたとする。病院に行って、余命宣告とかされて、その余命が僅か少しのものだったとしても、俺はそう悲しみを感じないだろう。どうせ死ぬなら早い方が入院中の費用が安く済むのだからお得だと思えばいい。しかし例えば今、自殺したいかと問われれば間違いなくノーだ。人間が死ぬのにはお金がかかる。金が稼げるようになってない身で、葬式の費用まで捻出させるのは心苦しいにもほどがある。
「難しいやつだな」
言ってからフリギネアは、本棚に入っていた図鑑を一冊抜き取った。ぱらぱらとめくりながら、時々首を傾げる様子が可愛い。
「私達の事が人間にどう思われているのか…。以前ならば気にならなかったことなのだがな」
一見無表情に見えるその顔だが、短くない付き合いの俺には分かる。目が、輝いている。元々、彼はこういう書物が大好きだ。
「フリギネアは、結構マイナーさんだよね」
アマニタ・フリギネア・ホンゴ。彼はクロタマゴテングタケを守護している、平たく言えば妖精のような、もしくは八百万の神の一柱のような存在だ。ちなみに、クロタマゴテングタケは猛毒。食べると約二十四時間後に嘔吐や腹痛、下痢などの症状に襲われ、その後症状は途絶える。かと思いきや、しばらくすると今度は肝臓や腎臓などの内臓が破壊され始め、最悪の場合死に至る恐ろしい猛毒菌だ。いつか食べたいなあ。
「確かに、兄上やヴィロサの方がよほど有名だろうが、毒性はそう変わらない」
「ああ、タマゴテングダケと成分はほぼ一緒だもんね」
フリギネアには沢山の兄弟がいる。ヴィロサというのは彼の唯一の妹だ。他の兄弟は皆、彼よりも年齢が高い。
「ヴィロサちゃんかー、会ってみたいなあ」
フルネームを言うと、アマニタ・ヴィロサ・ベーティル。キノコ好きの方なら分かるだろう、勿論ドクツルタケの学名だ。つまり俺の愛しのキノコ、ドクツルタケの守護者。
彼らは、キノコを…いや、正確にいうとキノコの名前を守護している。フリギネアやヴィロサちゃん以外にも様々な守護者が、生物達の名前を守っているし、さらに言えば生き物でない物質達、製品達にも守護者はついている。妙に覚えづらい製品の名前は、守護者が弱いから覚えづらくなっている。使われる間も無くできてすぐ消えた名前の守護者は、いるかいないか分からないくらいに陰が薄いのだという。勿論、彼らは元々人には見えないのだが、フリギネア達から見ても後ろが透けて見えるらしい。俺が彼らを見ることが出来る理由については、端的に言えば彼らに選ばれたからだ。向こうはどうだか知らないけど、俺はちゃんと覚えてる。
「あのさ、フリギネア…結局、どんな用事で来たの?」
フリギネアは秋晴れの空を心なしか寂しそうに見つめてから、こちらに顔を向けた。黒いのに透き通った不思議な瞳と目が合って、すぐに外れる。やっぱりフリギネアはシャイなんだなと笑いそうになった。…けど、彼が言った言葉を聞いたら、もう笑うことなんてできなかった。
「戦争が始まるらしい。厳選という名の戦争が」
秋晴れの空は寂しいんだなと、納得してしまった。




第一章 ある日、秋雨。

<ある人間の妄言>
キノコは植物ではない、という話は今でこそ一般常識だが、昔は植物の一種だという誤解が広まっていて、むしろそれが真に近かった。菌類とはまるで別のものだと、そういう認識というよりは、菌類と結びつけて考えるものがいなかった。生物学者の話ではない、一般民衆の話だ。今、正しい情報は簡単に手に入る環境にあるといわれている。ネットワークサーヴィスの普及がその一端を担っている。この媒体は、何より手軽に扱えるという利点があるのだ。最も、その分間違った情報も簡単に手に入る。
さて、こんな話はどこにでも記されている陳腐なことだ。インターネットの利点と欠点なんて専門家が語ってくれる。
キノコの話をしよう。
キノコとは、菌類のうちで比較的大型の子実体を形成するものをいう。ここでいう「大型」に明確な基準があるわけではないが、肉眼でその存在がはっきり確認できる程度の大きさのものをキノコという場合が多い。つまり、『キノコ』という明確なカテゴライズは特にされておらず、これはただの俗称に過ぎないのだ。食用にもされるが毒性を持つ種もあり、英語では食用になるキノコをmushroom、食用にならないキノコ、特に毒キノコをtoadstoolというようだ。但し、全てのキノコをmushroomといったりとそこはいい加減だ。
私はその中のtoadstool、つまり毒キノコの話をしたいのだ。彼等には食べられるという利点こそ無いものの、見た目の美しさ、奇抜さ、毒性の面白さなど、場合によって食用キノコを遥かに上回る素晴らしさを持つ者がいる。
全世界のtoadstool達よ。
この世界を、毒キノコによって征服してくれ。
<了>


薄暗い森の中で雨が降っていた。さあさあと透き通った音で、勢いは強くない。ただ、ブナにもたれる一人の少年を濡らすには十分な量だった。
「アクロメラルガ様、家へ帰らないのですか」
傍らに浮いた女が言った。女とは言っても、その形状には色々と足りないところがあった。右腕は付け根からもげていたし、両の足は膝小僧まで足りていない。また、所々が切断されているのに、切断面からの流血はほとんどない。すっかり後のことなのだとでもいうように乾き切っている。銀の髪と、赤紫の瞳が妙に不気味だ。そして顔は包帯で隠されていて、左目だけが出ている。
そんな奇妙な女が見守っているのは、少年。十四歳程だろうか、幼さを残した中にぞっとするような恐ろしさをたたえた顔立ちをしている。髪は優しいオレンジで、瞳の色も溌剌としたイメージのある朱色だというのに、少年に暖かさは無い。むしろ、無気力な冷たいイメージすら見受けられた。
ユラ地方アシウの森。数々の広葉樹と夕方という時間帯、またこの悪天候が重なり、随分と薄暗い。夜程では無いにしても、子どもが出歩くには不安な環境だろう。
「アクロメラルガ様?」
再度、女が呼びかけた。包帯が巻かれた筈の口元から、篭っていないクリアな音声が発せられている。
対して少年は、気怠げな声を出した。
「もう少し、ここにいたい」
やんわりとしかし確実に降り続く雨は、この少年の体温を奪っていく。その肩が僅かに震えたとき、女は眉を潜めて小さく何事か呟いた。
漆黒の光と共に、二人の姿は消えていた。




と、こんな感じ。
叩けるだけ叩いてください。できるところは改善いたします。で、褒めてくれたりするとiPhoneに向かってヘドバンして喜ぶと思います。
それでは!