短編小説「墜落」

久しぶりに小説をあげますね
というのもこれ、とあるサイトで、ランダムに出されるお題を元にタイムアタックで小説を書くというものがありまして。制限時間4時間のところを(疲れたので)2時間以内に書き上げました
練習は手早く、が良いそうです。

ちなみにお題は、「阿修羅失望」でした

↓本編

墜落
どんなゴミ屑でも、理由さえついてれば、それは一生の宝物になり得る。
従って、他人が物の価値を決めるのはこの場合実に不躾な行為だ。

灰色と言うには重たすぎる空の下。僕は溜息をついてからその機体を見上げた。漆黒と少しばかりの金で成り立っている、重たそうなボディ。人型に見えなくもないが、人と言うには禍々しい気もする。
「イツキ、整備終わったのか?」
さほど親しくない同僚が訊ねてきた。僕は少し顔を顰めて、短く「いや」と答えた。まだ整備に取り掛かってすらいないのだ。
僕がコイツを整備するのを躊躇うのにはいくつか理由がある。第一に、暑い。このクソ暑い中で戦闘機の整備なんてやってられない。第二に、僕はこの職場に望んで入ったわけではない。他の奴らみたいな誇りや義務感がない。言ってしまえばやる気がないのだ。さらに言えば、クビになりたくないという気持ちすらない。
僕が睨みつけようと、グレイプニル-eは一向に介さず、むしろそんな僕を笑っているようだった。
そんな僕がなぜここにいるかと言えば、グレイプニル-e、ようするにこの趣味の悪い機体に乗るのが楽しいからなのだろう。コイツに乗って敵国の戦闘機を落とすときは、生きていたいと感じる。やる気が皆無なわけではない。
かといって、どうしても戦いたいわけでもなく、どっちつかずなのが僕であり、白神イツキなのだ。

「…ねぇ、イツキ」
戦闘後に、軍の中にあるカフェで座っていると、ユーリが話しかけてきた。
「私、思うのよ。あなたはもっと昇進できるはずなんじゃない?」
「別に昇進したくない」
「嘘でしょ。あなただって男だもの、多少の名誉欲はあるはずだわ。そしてあなたはそれが遠くない位置にあるのよ。努力さえすれば」
実に鬱陶しい。努力さえすれば、と人は言うのだ。努力さえ、と。生まれてこの方一度もしたこともないことをやらせようとする。
ユーリは僕の向かいに腰掛けた。
「大体あなた、才能は人が羨む程持ってるのよ。勿体無いと思うわ」
「残念ながら努力する才能には恵まれなかったものでね」
あえて視線を合わせようとせず、タバコをふかす。ユーリはその横柄な態度に眉を顰めながらも、自分もタバコを取り出した。こんな職業をしていると、周りは殆どタバコをやる。いつ死ぬやもしれぬ環境の中では、心の支えが欲しいのだろう、おそらく。
実際この軍はいつ終わってもおかしくなかった。続々と減っていく職場仲間だとか、機体だとか、給料だとかで分かる。みんなのタバコと急な昇進は増えた。これも、軍が傾いている証拠だろう。
「…その性格を直したら、あなたすごい人だと思うのだけれど」
「そうか。僕のことは諦めて、その『すごい人』ってのを探した方が効率的だと思うが」
「一々突っかかってると疲れない?」
「どちらかというと、それはこっちの台詞だな」
ユーリは頻繁に僕に話しかけてくる。何が彼女をそうさせるのかは知らないが、非難だの愚痴だのをぶつけてくる。他の奴のが適任のように思うが、ユーリにとっては僕は丁度いい相手らしい。
「イツキ。グレイプニルは…大丈夫なの?」
ふいに彼女が訊いた。流石はユーリ、といったところか、アシュラ-d5という巨大な機体を、繊細に操る彼女はなかなかのパイロットなのだ。
少なくとも、グレイプニルの異変に気付く程度には。
「大丈夫ではない。明日爆発しても頷けるし、恐らく一ヶ月後にはなくなっているだろうな」
「…悪いことは言わないから、乗るのを止めた方がいいわ。あなたは腕がいい。あんなオンボロに乗ってる方がおかしいのよ」
「少々我儘だがあいつはそれなりに乗り心地がいいからな、あいつ以外には乗れないんだ」
ふう、と煙を吐き出した。それが妙に敵機の上げる煙に重なって、僕は意味もない寂寥感を覚えた。
「……」
ユーリはまだ何か言いたそうだったが、僕の顔を見て大きく溜息をついた。彼女の口からの煙は、味方が上げる煙に見えた。いやむしろ、グレイプニルの上げる煙に見えた。
「好きにすればいいわ。私には関係のないことだもの」
「全くにその通りだな」
明日かもしれない。明日には僕の全てが終わりそうなのだ。理由のない確信ほど恐ろしいものがない。反論のしようがないからだ。
「…また明日」
ユーリは灰皿に吸殻を落として立ち上がった。毎日のように繰り返されるやりとりを、今日も繰り返すのだ。
「どっちも生きてれば、な」
「やめなさいよ、縁起の悪い」
今日も同じだった。一言一句間違えちゃあいなかった。
多分、それが仇になったんだろう。

翌日、ユーリが顔を見せることは無かった。戦闘後、さほど親しくない同僚から聞いた。
「アシュラ-d5が落ちたらしい」
「そうか」
そうか、あいつのが早かったのか。
「そうかってお前…ユーリと仲良かったんだろ?」
「そう見えたならそうなんだろう」
グレイプニルの整備に向かおうとする僕を、その同僚は止めようとした。
「おい待て!知らなかったわけではないだろう!?あいつが…お前のことを」
「好きだった、とでも?」
振り返って視線を合わせると、向こうはたじろいだようだった。
「そ、そうだよ!」
「とすると、お前はユーリのことが好きだったのか」
至極当たり前に出てくる推論を述べると、そいつはいきなり怒り出した。
「ああそうだ!だから仕事だって頑張った!頼りにされたくて、強くなって、努力を積んで、それなのにユーリはお前のことばかり見てた!なんで、なんで!!なんでお前なんだよ!?なんで!!」
「死んだ人間のことによく必死になれるな」
「黙れよクズ!!」
ふう、と溜息をついて、今度は振り向かず歩き出した。黙れと言われたのだからこれ以上顔を合わせる義理も無かった。
いつものカフェにユーリはいない。いつもいたユーリがいない。ついでに、いつも見ていたアシュラも、もう戻って来ない。

自分の部屋に戻った僕は、手に握られた吸殻の意味について考えようとして、やめた。